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運営者について

権藤 晃

はじめまして、EXCITING GARAGE 運営者の権藤 晃です。
運営者にご興味を持って頂きまして、ありがとうございます。

ここではバイクメンテナンスに関する独学方法や工業技術の習得方法などについて、私の経験をご紹介いたします。

保育所時代:初めての成功体験

保育所で初めて一番になったのは、かけっこでもなく、お絵描きでもなく… 凧作り。
どこまで高く飛ばせるのかを競う凧揚げ大会が開催され、私が作った凧がダントツ一番!
凧が高く上がり過ぎたため凧糸1巻きでは足りずに、凧糸2巻きをつなげて飛ばしました。

凧を高く飛ばすために、使用する材料や形、凧のそり具合、バランスを取るためのしっぽの長さなど、夢中になって試行錯誤。これが、工業技術に興味を持った最初の出来事でした。

小学時代:整備開始

お下がりで貰った自転車が女の子用のピンクだったため気に入らず、父に手伝って貰いながらペンキでブラックに塗装。その際、父の工具を借り不要なカバー等を取り払って軽量化。これが、工具を使った初めての整備でした。

中学時代:「なぜ? なぜ? なぜ?」のはじまり

「線がつながっていないのに、なぜ無線機で遠くの人と話せるの?」という素朴な疑問から電気工作に興味を持ち、中学2年の時に電話級アマチュア無線技士(現在は第四級アマチュア無線技士に改名)を取得。無線機で話すことにはまったく興味がなく、無線機を自分で作ろうとしましたが、技術力が追いついておらず完成させることができませんでした。

高専時代:電気機器やロボットの自作

無線機を自分で作れるようになりたくて、高専の電気工学科を専攻。

高専1年(高校1年に相当)の夏に原付免許を取得すると、無線機よりもバイクの方に興味を持つことに。すぐにバイクを買いたかったのですが、まだバイト代が溜まっておらず断念。
その代わり、親友が持っていたモンキーRを教材として本格的な整備を開始。といっても、どこをどのように整備していいのかさっぱり分からず、モンキーRのサービスマニュアルを読み込んでは不明な点を調べ、サービスマニュアルに調査内容を書き込む日々を過ごすことに。

高専3年(高校3年に相当)にやっとバイト代が溜まり、中型免許を取得するとともに、中古のホンダ CRM50をゲット! 自分のバイクなので好きにいじれるようになり、自分で63ccボアアップキットとチャンバーを組み付け、黄色ナンバーに手続き変更し、近くの山でセッティングを繰り返していました。セッティングミスから、エンジンの抱きつきを初めて体験。

その後、知人より不動車のホンダ MTX125を譲り受け、自分で修理してCRM50から乗り換え。

一方で、高専での講義で電気に関する知識は増え続け、その知識を基に第二級アマチュア無線技士を取得。また電気工作に対する興味も失うことなく、電気工作キットをいくつも組み立てることで電機回路設計と製作のコツを少しずつつかんでいきました。これらの経験の積み重ねることで、高専4年(短大1年に相当)の春にやっと短波受信機とモールス送信機、アンテナを自作し、海外のアマチュア無線家と交信することに成功!

「仲間と一緒だと、もっとすごいモノが作れるのでは?」とふと思い、高専4年(短大1年に相当)の夏にクラスメイトを誘ってロボットコンテスト出場のためのロボットを製作開始。大会前日の公開練習にて出場チームの中で最も精度が高いロボットだと分かり、周りからは優勝候補筆頭との評価!

自信満々で大会当日を迎えましたが、重要なスイッチを入れ忘れていたため競技中にロボットが誤動作し、あえなく1回戦敗退。

大学・大学院・個人事業時代:理論と実践の融合

大学編入のため仙台に移り住む。大学の講義でフォールト トレラント システム(Fault tolerant system:構成部品の一部が故障しても正常に処理を続行するシステム)という概念を教わった際、ロボットコンテスト1回戦敗退の光景が目に浮かぶ。その瞬間、敗因はロボット設計時にこの概念が欠落していたことだと気づき、宝物を見つけた気分に! ちなみに、大学の講義で感動したのはこの時だけです。 -_-;

この頃になると、2st単気筒のオフロードバイクであればある程度自分で修理できるようになってきたので、未知の世界である車に興味が出てきました。
週末にSUGOサーキットと仙台ハイランドのレースオフィシャルをしながら、カートでレースに出場したり、ランサーターボ(4駆のランエボではなく、その前身であるFRのランタボです ^^;)やEFシビックで走り回る生活に。しかし、自動車のロアアームやドライブシャフトすら交換できない技術力だったので、足回りを壊したら修理せずに数万円の中古車に乗り換えていました。

その一方で、大学院時代に親友と一緒にシステム開発の事業を立ち上げ、大学院卒業後もそのままその事業を継続。しかし、大学院卒業後1年経過した頃、経営についてあまりにも無知で経験不足であることを痛感。よって、一旦サラリーマンになって原価見積や契約書作成、納期管理、組織運営、業務提携など、経営に必要なことを現場で学ぶことに。

サラリーマン時代:設定値と感覚の融合

東京に移り住むため、維持費がかかる自動車を手放す。代わりに、大学時代に入手していたホンダ CRM250Rを引っ張り出し、青空ガレージ(駐輪場とも言います ^^;)でピストン交換など細々とバイクメンテナンスを続けていました。

また、この頃は毎週末のように友人と一緒に河川敷まで自走で行き、キャブレターやサスペンションなどのセッティングを変えながら河川敷内を走り回ることに熱中。バイクのセッティングを変えた後に乗り味を確かめる作業を繰り返すことで、少しずつセッティングの違いを体感できるようになってきました。

日本法人設立後:海外進出決断

2007年に横浜で日本法人を設立した後、すこしお金に余裕が出てきたため、この際だと思い自動車整備を学ぶために中古のラリー車(ミラージュ CA4A)を入手。練習するたびに車を壊し、練習を再開するために車を修理して… の繰り返しによって、自動車のロアアームやドライブシャフトのみならず、エンジンやミッションも自分で乗せ替えることができるようになりました。

ラリー競技に出場したり、自動車を整備する日々は非常に楽しく充実していましたが…
ある時、50年後の日本は現時点(2008年頃)に比べて労働人口が数割減少するだろうとの総務省統計局予測データを見て、このまま日本国内だけで活動しているのは非常に危険だと感じ、海外進出を決断。

欧米には自分よりも遥かに優秀な人が沢山行っているのでとても勝てないと思い、優秀な人があまり行きたくないであろう国を選択。

中国法人設立後:新サービス立ち上げへの挑戦

2009年に中国で中国法人を設立した後、中国にも優秀な人が沢山いることに気づく。(苦笑)
周りに優秀な人が沢山いることで、いかにして自分たちの優位性を発揮できるかを真剣に考えるようになり、また会社を潰さずに生き延びていくため新サービスを企画開発し、多くのユーザー獲得を目指す。

ですが…  現実は理想とかけ離れていて、多くの資金と時間を費やして独自サービスを開発したものの、ユーザーが全然獲得できないことが頻繁に発生。当然、その度に資金繰りも苦しくなる。

しかし、ここで止めてしまったら過去の失敗がムダになってしまうので、ある程度軌道に乗っている既存サービスで活動資金を工面しながら、自分たちの優位性を最大限に発揮できる新サービスを創出し続けるというスタイルを貫く。

その結果、EXCITING GARAGEが誕生!

EXCITING GARAGEが打ち切りにならないように、現在は一人でも多くの方がEXCITING GARAGEのファンになって頂けるように日々奮闘中。

モンキーRのサービスマニュアルに調査内容を記入
【16才の時】モンキーRのサービスマニュアルに調査内容を記入

 

自作の短波受信機
【19才の時】自作の短波受信機

 

自作アンテナの実験ノート
【19才の時】自作アンテナの実験ノート

 

自作アンテナの調整方法を整理したノート
【19才の時】自作アンテナの調整方法を整理したノート

 

ロボットコンテスト会場
【19才の時】ロボットコンテスト会場。白色タートルネックを着て屈んでいるのが私。

 

CRM250Rのピストン交換作業1

CRM250Rのピストン交換作業2
【30才の時】青空ガレージ(駐輪場とも言います ^^;)にてCRM250Rのピストン交換作業。

 

ミラージュ(CA4A)のミッション交換作業
【32才の時】青空ガレージにてミラージュ(CA4A)のミッション交換作業。

 

EXCITING GARAGEサイトの開設
【39才の時】EXCITING GARAGEサイトの開設。

 

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